「白雪…」

「れんが亭のカツレツ美味しかったなあ」

「行きましょう春草さん、黒猫探しです」

「不忍池だ。話には聞いてたけど」

「え、鏡花さんの戯曲から竜の神様が抜け出した？」

「彼女の願いはただひとつ、想い人に会いに行くこと。
だけど古くからの約束によって夜叉ヶ池を離れることができないんだ。その約束を違えば白雪は死ぬ」

「こないだの赤い満月の日白雪は僕の話が悲劇で終わるのが怖くて抜け出してしまったんだ。このところの長雨も白雪のせいなんだ」

「わからない。自分でもわからないんだ。白雪が戻らないと先は書けない。戻ってきてほしい。僕に続きを書かせてほしいんだ」

「私にも何かできるかもしれません。一緒に白雪さんを連れ戻しましょう」
「はぁ？あんたみたいなグズに何ができるってのさ」

「藤田さんに白雪さんが切られちゃったら夜叉ヶ池は未完のままじゃないですか！」

「ダメだ！」

「おまえは春草の黒猫を探していたのではないか。どうしてそんな危険なところへいった？芽衣、おまえには黒猫を探してもらいたいのだよ」

「危ないことはしませんから」

「僕は玉依じゃないからお前の身に危険が迫っても気付くことができない。わかるね…？」

「芽衣、キャンユースピークイングリッシュ？」
「え…えと…り、リトル…」

「芽衣もっと英語の勉強をしたまえ」

「関わらないほうが良いと思う。オレの黒猫と違って原因ははっきりしてるしあれはきっと泉にしか解決できない」
「でも…」

「あのさ、君のこと心配してるの鴎外さんだけじゃないから」

「帰ろう、白雪。ここにいてもお前の思いは遂げられない。戻れ、僕の中に」

「ねぇ白雪さん。鏡花さんのもとに戻ってください。好きな人にずっと会うことができないなんて辛いですよね。私も好きな人と一緒にいたい。その人もねずっとここに居なさいって言ってくれたの。
だけどね、帰らないといけないの。あと半月で離れ離れになる。離れたらきっともう二度と会えない。ずっと一緒に居たいよ。鴎外さん」

「白雪！おまえを生んだのは僕だ！だからもう一度僕の元へ」

「ああ、恨めしい…あの約束さえなければあのお方と永遠にいられるものを」

「小賢しい人間ども我に近づくな。もう誰の言葉も聞かぬ」

「命のために恋は捨てぬ」

「ダメ、白雪さん！」

（白雪さんの好きな人は鏡花さんの中に居る。
このままじゃ二度とあえなくなっちゃう。鏡花さんを信じて）

「白雪、戻ってこい。それがかなわないならこのままお前と運命をともにする」

「芽衣！…バカ…バカ…」

「引き合うもののなんという心のつよさよ。私も戻ろう。お前の元へ」

「おはよう小リスちゃん、よく眠れたかい？小リスちゃんにお客様だよ」

「元気？」

「執筆がすすんだよ」

「ほんとですか！よかった！…あの…どうなるんですか？白雪さんの恋」

「聞きたいの？」

「そりゃもう！」

「創作物の結果を教えるなんてできないから！」

「ええ～～～～……」

「気になるなら来月見にきなよ。どっかの三文役者が演じるからさ」

「三文役者…ああ、音二郎さんですね？はい、ぜひ見に行きます！」

「あんたの恋も叶うといいね…」

「ありがとうございます！」

「じゃあ、来月」
「はい、来月」

（来月にはもう私はここには…）