「なんか人増えてきたわね」
「次、綾野さんの番だからじゃないですかね？」
「やっぱり。…っ！？誰ですか！」
「初めまして。たぶん、今増えた客の半分はバイヤーさんじゃないですかね、注目されてますし。綾野遠さん」

「我々はデザインの奴隷だ。瞳は色、肌は室温、記憶に技術、心に愛を。我々の肉体は全て注がれる。生み出したことも衣こそ我々だ。みんな、目を開けて」

「さぁ、行こう」

「ただのTシャツ！」
「ブランドロゴ入りTシャツ。ハマれば若者に爆発的に売れる。バイヤー狙いね」

「2着同時！？」
「普段着れるデザインと、強烈なデザイン…。日常と非日常の調和」

（3年前は8件、2年前は22件、1年前は31件。届かない、届かない、届かない。ずっと届かなかった。今年は最後のチャンス）

「それでは審査に入ります。出場者の方も集合をお願いします」

「さて、どうするっスかね…。まぁ私はいいか」

「1位になったらパリに行くの？」
「1位、取れると思う…？綾野さん凄かったし無理だよ～～」

「あ」

「あの、ショーに来てくれてありがとうございました。それにそのスーツ…」
「いま話す事は無い。結果が出たら来い」

「おい高校生、お前進路どうすんだ？金ないとかどうとか知らんけど、お前の力なら特待生狙えるだろ？うち来いよ。叩き潰されに！」

「ねぇ、私の服どうだった？」
「すごく素敵でした」
「そう…。ありがとう」

「どう？53枚は達成した？」
「さぁ。まだ数えてない。数える？」

「これから1位から10位まで順に呼ばれてランウェイに進む。11位以下はここで待機」
「一つだけ言わせてください。本来服に1位も2位もありません。ただコンテストである以上、発想に、作りに、演出に祭典が下されます。でもそれは我々が培ってきた芸術的観点からの評価であり、みなさんが感じた素敵やカッコイイを否定するものではありません」

「みなさんの中の1番を、ファッションを楽しんでください」

「最優秀賞は長谷川心さん」

「あの子が一番？確かに良かったけど…」

「芸華祭においてワクワクというテーマは会場を魅了しました。あなたがグランプリです！」
「心ちゃん、久しぶり！」
「セイラさん」

「おめでとう！これからも頑張ってね。デザイナーとして」

「それでは次の順位を発表する」

「11位。都村育人」
「……はい」

「作りが正確、かつ丁寧。世界をコンセプトにした服と構成には目を見張るものがあった。だが国から発送して作っただけでデザインにアイディア、個性が足りない。私たちが普段着ている服に寄り過ぎている」

「デザイナーはより新しいファッションを見つける義務がある。今後はそれをテーマにして精進してほしい」
「はい…」
「まだこれからだろう。そう落ち込むな」

「最下位は綾野遠。棄権した結果だ。これで満足か？」
「うん。何の問題もない」

「育人がいない。壇上に上がってこなかってことは…」
「先輩の服、そんなに良くなかったんですかね…？」
「そんなことないんじゃない。まだ噛み合ってないだけでしょ。あいつ才能あるし」

”おめでとう。いつでも戻ってきていいんだぞ”

「ちょっとおい！なに良い話風に終わろうとしてんの！私への謝罪がないんだけど！」

「藤戸千雪」
「誤ってもらうよ絶対！」
「藤戸千雪、ちょっといいかしら？」
「なに、おばさん！？」
「千雪、この人！」

「あなたにお話があるの」

「遠さんの素敵なコレクションの11着目。で、私たちが素敵にしきれなかった服」

「袖が…」
「！」
「うまく膨らんでないですね」
（やっぱり…！）

「ちょっと確認していいですか？肩ダーツの入れ方が少しヨレてますね。ダーツ幅を10ミリ、いや5ミリ直せば」

「あんたさえいえれば遠さんの目標は達成された！誰も遠さんの求めるクオリティについていけなかったの…。だから一人で全部手直しして、この服はここまでしか間に合わなかった！遠さんの目標はバイヤーの名刺53枚。でも集まったのは52枚。この服が完璧だったら…。だから棄権しちゃったの。あんたがパタンナーさえやってくれれば！」

「よかった。外部生を招いて。遠くんはずっと孤独だったから。出会えたと思う。きっと育人ちゃんが遠くんを一人にさせない」

「まだしばらく婆様のところで働くよ。僕は独立しない。それじゃ自分自身を好きになれない。約束は守らなきゃ。僕はナルシストだからね」

育人「あぁ泣きそう…頑張れ長男、負けるな長男…」

「これからどうしよう…」

「育人ちゃん！これ、あなたに渡したくて。芸華大の入学案内。内に入ってインターンって道もあるわよ」
「インターン？」
「学生をしながらお仕事もできるの。あなたはまだ17歳の高校生。今日は年上の大学生と戦い切った。必ず今日のことは糧になる。あなたはもっとうまくなる。私の学校はいつでもあなたみたいな子を待ってるわ」
「ありがとうございます」

「悔しがってほしい～！心は泣いてるだけだし！五十嵐は帰っちゃったし！だからせめてお前は悔しがれ～っ！」
「だからおめでとうございますって」
「マジか。悔しくないの？」
「悔しくないです。めでたいです」

「じゃこれを聞いても悔しくないままでいられる？雑誌専属モデルになるよ、私」

「なんというか、初めてだったんです。こんな気持ちになるんですね。もう誰にも負けたくない！」
「早く私に追いつきなさいよ」
「分かってます」
「じゃないとパリコレ、先に行っちゃうから」
「はい！」

（おいていかれたくない）

「ハジメヤナギダをいったん畳むことにした」
「え！？どうして」
「Aphro I diteからデザイナーにならないかと誘いが来た。日本一のブランドで結果を出して、俺自身の価値を高める。パリファッションウィークに出るために」

「お前はどうする」
「…」

遠「また会えたね」
育人「はい。よろしくお願いします！」

（まだまだ私は挑戦できる。これは私、藤戸千雪がトップモデルになるまでの物語。そして）
（僕、都村育人がトップデザイナーに至るまでの物語）