「…久我先輩緑茶を使う様子が全くないなと思って」
「それに対して司先輩は茶葉が四種類も！」

「緑茶という言葉が定義する範囲は広くその生かし方も多様だ」

「そもそも緑茶とは摘み取った直後に熱処理して酸化酵素の働きを止めた不発酵茶のことだ。煎茶・玉露・ほうじ茶・かぶせ茶等様々な種類があり味も香りも異なる」

「素晴らしいね。優れた料理人は食材を自由自在に操り従えさせる。だが司瑛士はむしろ食材という君主にどこまでも深い敬意をもって傅く一振りの剣なのだ」

「なんだあれ？」
「グレーターと呼ばれる調理器具だがあんなに長大なものは見たことがないな」
「まるで騎士が持つ剣…ターヘル・ヴァイスリッター！」

「さっきからずっと中華鍋に集中してるみたいだけど大丈夫か久我？
己のフィールドに閉じこもりがちなのは悪い癖かもな。一つのこだわりに囚われていては新しい美味に届かないこともある。久我の熱意は認めてないわけじゃない。でもな。今のままじゃいつまで経っても俺に勝てないって思うよ」

「チームメンバーの調理をサポートすることが認められている。それが連帯食戟だったよな？」

「美作のトレースは味方である久我先輩にも及んでいた」

「ちょりちょりちょりーっす！今日こそはにっくきにっくき司さんに一泡吹かせちゃうっつーの！」

「あれは即席の燻製機だ。久我先輩の狙いは茶葉による燻製だったんだ」

「燻製と並行して必殺のタレ作りに入るよ～。バルサミコ酢を煮詰め味と香りを凝縮！黒酢、砂糖、粉砕した緑茶！
さらにさらにこの燻製醤油を投入だ！」

「おい久我よぉ。お前司さんとタイマン張りたかったんじゃねーのかよ」

「こー見えて僕大人だからー！個人的なプライドを優先したりなんかしないのさー！
俺の役目はここで必ずあんたを落とす事だからね。司さん」

「成程。自分を捨ててでも勝つ覚悟…確かに今までの久我とは一味違うみたいだ」

「美作昴は自分の調理の方は大丈夫なのかい？サポートばかりに手間と神経を割いていられないだろう」
「対戦相手は言わずもがな強大。現十傑第四席。当代きっての天才寿司職人・斎藤綜明その人なのですから」

「美作君寿司職人相手にまぐろなんてお題引いちゃったんだべか～…」

「アンラッキー王や！美作昴は幸平創真以上のアンラッキー野郎やったんやー！」

「別に俺アンラッキーじゃねぇっての。それに美作の奴なーんかやらかしてくれそうなツラだぜ？」

「パーフェクトトレース・フラッシュ！」

「カメラでストロボを焚くように瞬間的に相手の行動・思考を読み取り！自分の手元にまったく同じ手順を反映させる！」

「そうか…それによって調理手順に対する思考時間をゼロにすることが可能！」

「対戦相手がレシピを熟考していた時間を全て久我照紀のサポート、燻製醤油に注ぎ込めたというわけか」

「使えい。お主の包丁では質で劣る。刃こぼれも起こるだろう
故にお主も我が愛刀・いさな斬りを振るわねば俺の武士道に反する」

「斎藤のめんどくせー癖が出たな」
「どうでもいいことに武士っぽさを見出してはこだわりぬくんだ」
「武士っぽさっすか！」

「感謝いたす。これで拙者のトレースはより完璧に近づこうというものよ！」

「拙者の名は斎藤綜明。義を見てせざるは勇なきなり。
おらおらー！竜胆先輩だぞー！竜胆先輩なんだぞー！
美味なるものにすべてを捧げる…それが司瑛士の料理なんだ。
幸平ァ…てめぇだけはブッ潰す。
ねぇブッチー。ももとお話しよっか。ほんとにブッチーはかわいいみゃんみゃん。
か…勘違いしないで。別にあなたのためにやったわけじゃないわ。誰がかわいいよ…馬鹿」

（深く！もっと深くトレースするんだ！もっともっと！）

「ずっと同時に調理していたのに斎藤先輩の方が先に完成！？」
「なんという美しさだ…濃淡様々な赤が燦然と輝いている！」
「綺麗…」

「まぐろ十貫小玉紅玉寿司。さぁ。お味を御覧じろ」

「パーフェクトトレース！」

「同じだ！見た目は完全に同じ寿司！」
「いや…よく見ろ！一貫だけ違う！」
「ほんとだ！斎藤先輩の方にはなかった軍艦巻きがあるぞ！」

「寿司職人の技は崇高そのもの…一朝一夕じゃ入り口にも辿り着かないほど険しい道なんだよ！てめーみたいな見様見真似でうまい寿司が作れるわけねーだろ！」

（まぐろの部位それぞれの旨さを完全無欠に生かしぬいていやがる！
それにこのシャリ…ただの酢飯じゃない！）

「その通り。使ったのは赤酢だ。赤酢は長期間熟成された酒粕から作られる。完成まで５，６年かかる高級品だ」

「糖分が控えめでまろやかなコクがあるため仕込んだシャリがふわっと柔らかく仕上がる」

「だがその分ネタとのハーモニーやキレを強めるにはより繊細な調整が必要だ。
美作の野郎はその領域までコピーすることができたのか！」

「畜生…これは間違いなく十傑上位メンバーと同レベルの味だー！」

（今まで私なんだかんだでリアクションを免れてきたのに…お嫁に行けなくなっだろがー！）

「ちょっと待ったー！竜胆先輩のお通りだぞー！こっちの品も冷めないうちに食ってほしいんだけどな！」

「肉が唐辛子に埋もれてる！」

「名付けて！辣子鶏風カイマンだ！」

「俺も完成した！アフリカンラーメンだ！」

「女木島先輩のはあんまり赤くないわ！」

「お題である唐辛子はどこに…？」

「ならば！四品まとめての実食といきましょう！」

「もちろん可能だ！」
「そう！我々は美食の門番・ＷＧＯのブックマンだからね」

「やはり勝敗を決めるのはあの軍艦か…」

「ネギトロに乗っているこれはメレンゲ…燻製醤油の効果的な香り、味方へのサポートと自分へのアレンジ！両方計算していたのか」

「こいつはハリッサ。北アフリカで誕生したとされる調味料だ。材料はパプリカパウダー・キャラウェイシード・レモン汁やにんにく、そして大量の唐辛子。それらを撹拌しペースト状に仕上げたものだ」
「ハリッサって親父が寮で作ったあれか…確かにアフリカがどーのって言ってたな」

「どうだみたか反逆者共！お前らなんか十傑の敵じゃねーんだよ！」

「勝敗を分けたのは軍艦巻きじゃない。隠し包丁だよ」

「僅かではあるがお主は隠し包丁を入れ過ぎておったのよ！通常の寿司と同じように包丁を入れたのではネタが溶けるのが早すぎてしまう。
そのごく微細なる差異まではトレースできなかったようだな」

「自分を責めることはない。寿司道を究めんと鍛錬してきた経験の差だ」

「確かにアフリカンラーメンは素晴らしかった。だが小林竜胆の品はそれを凌駕したといえる」
「辣子鶏の手法を使うことであっさりとしたワニ肉を香ばしく濃厚な次元に押し上げていました」

「勝手に終わった感出さないでもらえるかな。この久我照紀の皿がこれからなんだからさ！」