「しかしあやつは、またしてもや悪魔的な解決法を考え出した」

『よく来ましたね…さぁ、こちらへ』
『はい』

（この娘のフラクトライトに私のフラクトライトの思考領域と記憶を上書き・複写すれば…）

「アドミニストレータは悪魔の儀式、魂と記憶の統合を意味するシンセサイズの秘技により、ついに他人のフラクトライトを強奪することに成功した」

「しかしそれこそがアドミニストレータの、いや、クイネラの失敗じゃった。なぜなら女子に乗り移り、それまでの自分を処分するその一瞬だけ、同等の権限を持つ髪が二人存在していまうことになるからじゃ」

「そのためにカーディナルシステムはメインとサブ、二つのコアプログラムを持っておる。メインプロセスがバランス制御を行っている間」
「サブプロセスがメインのチェックをする」
「その通り」

「サブプロセスであるワシは奴の心の奥底でこう考えていた。この女の過ちを正さねば、とな。ワシは…ワシはその時をひたすら待っておった。70年の長きにわたってな」

『システムコール・ジェネレート・ルミナスエレメント・ライトニングシェイプ・ディスチャージ！！』

（この体ではやつには勝てない…！アドミニストレータでも自由にならない場所がこの世界に2箇所だけ存在する、一つは果ての山脈の向こう側。もう一つが…）

「この瞬間、ここは外界から完全に隔離された。以来200年、ひたすらに観察と試作のみを積み重ね、アドミニストレータめに逆襲の一撃を見舞うべく方策を練った」

「しかしあやつはワシの襲撃に備え、忠実にして強力な手駒を揃えようと考えたのじゃ…」

『シンセサイズの秘技でこの男は生まれ変わる。絶対の忠誠を誓う超戦士・整合騎士へとな！』

「ワシとアドミニストレータ単体での戦闘能力にほぼ差はあるまい。じゃが状況は変わった以上、ワシにも協力者が必要なことは明らかじゃった。ワシは危険を冒して協力者を探そうとした。できる限り遠くに扉を開いては、周囲に生息する鳥や虫に感覚共有やその他の術を解こして全世界に放った」
「え？うわっ！？」

「ほれ、名前はシャーロットじゃ。ルーりっと村を出た時からずっとお主ら2人の言動を見聞きしておった」

「たまには見る以外のこともしていたようじゃが」
「！　整合騎士から逃げている時、道を教えてくれたのは…」

「そ、そうだ！ゼフィリアのつぼみを全部切られた時、励ましてくれたのも君なのか！？」
「シャーロットはワシが術式を施し、人界に放った最古の監視用ユニットじゃ。長い長い任務もこれでようやく終わりじゃな。天命の自然現象を凍結しておるゆえ、もう200年以上も働いてもらったか」

「世界を眺めておる間にさすがのワシも思ったよ。なぜこの世界を作った外界の神たちは、偽りの神・アドミニストレータの専横を放置しているのか？考えながら、カーディナルシステムに内蔵されたデータベースを参照していく中でひとつの答えに思い至った」

「むしろその逆。民たちを巨大な万力でゆっくりと締め上げて、その不可にどう抗うのか観察しておる。現在も負荷は日に日に増し、そしていずれ最大の試練として負荷実験の最終フェースが訪れる」

「かの闇の世界こそ、民達に究極の苦しみを与えるために作られた装置」

「おそらく、そう遠い未来の話ではないぞ」
「アドミニストレータはその事を知っているのか？」
「あやつは己と整合騎士のみで闇の軍勢を問題なく撃退できるとタカをくくっておる。貴重な戦力となってくれるはずじゃった東西南北の守護竜すらも己の操作が効かぬという理由で屠ってしまうほどにな」

「あ奴らだけで闇の軍勢に勝つことは不可能じゃ。絶対数が少なすぎる」
「ていうことは、アドミニストレータを倒そうと倒すまいと、結局この世界がたどる運命は変わらないんじゃないのか？」
「その通りじゃ」
「！！」

「ワシは世界の終末を仕組んだラースを、そんな髪を断じて認めぬ。故にわしは唯一の結論に至ったのじゃ。アンダーワールドを、人界もダークテリトリーも全てまとめて無に帰す」
「無に、帰す？」
「言葉通りじゃよ。ライトキューブクラスターに保存されている全てのフラクトライトを削除するのじゃ」
「――！」

「キリトよ。お主の助力によりアドミニストレータを排除し、わしが全権限を取り戻せたら、この世界を消滅させる前に限定的ではあるがお主の望みを叶えよう。助けたいと思うものを指定すれば、その者達のフラクトライトは消去せず、凍結させたまま残す」
「え…？」
「10個程度であれば外部世界に脱出した後、彼らのフラクトライトを確保することもできよう」

「俺…俺には…」

「カーディナル、あんたは自分の魂がクイネラのコピーだと、そう言ったよな？ならあんたにも純粋な貴族の血が流れているはずだ。己の利益と欲望のみを追求する遺伝子が。なぜあんたは全てを投げ出し逃げようとしなかったんだ？なぜこんな場所でたった一人、200年も待ち続けたんだ？」

「わしにとっては最早清浄なる世界とは完全なる虚無に返すこと以外に実現できぬのじゃ…。故に、故にわしは…。いや、違うかな…。ワシにも欲望はある。たった一つ、この200年、どうしても知りたかったことが」

「おいキリト、こっちに来い」

「もっと前じゃ。つべこべ言うな」

「両手を広げろ。前に回し輪っかを作れ」

「えぇい、遠回りなやつじゃ！」

「そうか、これが…これが人間であるということか…」

「やっと報われた…私の200年は、間違いじゃなかった…！この温かさを知っただけで、私は満足。報われた。十分に」

「――いつまでボーッとつっ立っておるつもりじゃ？」
「そりゃ無いよ…」

「それで？結論は出たか？わしの提案に乗るか、それとも蹴るか」
「…分かった。あんたの作戦に乗るよ。でも」
「？」
「でも俺は考えることはやめない」
「やれやれ、とんでもない楽天家じゃな」
「だってさ、俺はあんたにも消えて欲しくないんだ。10人選べと言われたら、そこにはあんたも入れるよ。間違いなく」

「お主にもいつか諦める事の苦さを知る時が来る。力尽くして及ばぬでことではなく、及ばぬであろうという推測を受け入れねばならぬ時が…」

「この人、カーディナルは、今の最高司祭・アドミニストレータに追放されたかつてのもうひとりの最高司祭だ。俺たちが整合騎士と戦うのに教職してくれるそうだ」
「協力…？」
「ああ。この人にもアドミニストレータを倒して最高司祭に復帰するという目的があるんだ。だからまぁ、共闘体制ってことだな」
「うむ」

「整合騎士を作り出すためのシンセサイズを解除する方法なら教えられる」

「彼らの額に挿入されたモジュールを除去すればよい。見た目は三角柱で…」
「あの時の！」
「モジュールは、記憶のつながりを阻害する形で挿入されておる。それにより整合騎士となる者の過去を封じ、同時に公理協会と最高司祭への絶対の忠誠を強いておるのじゃ」
「つまり術を特には整合騎士の過去の記憶を揺さぶってやればいいってことか？」
「それだけでは不十分じゃ」

「――て事は、整合騎士を元に戻す為には、奪われた記憶の欠片が必要。だけどそれを手に入れるには騎士達の守りを突破して、アドミニストレータのいる最上階まで到達しなきゃいけないってことか」

「整合騎士は、殺さずに勝とうなどという甘い話が通じる相手ではないぞ。わいがお主らにしてやれるのは整合騎士と台頭の装備を与えることくらいじゃ。あとはお主らが死力を尽くして戦えるかどうかにかかっておる」
「でももしアリスが出てきたら…戦えません。僕はアリスを取り戻すためにここまで来たんです！」
「ユージオよ、そなたの目的はワシも理解しておるよ。よかろう、もし整合騎士アリスがそなたの前に立ちはだかったのならこれを使うが良い」

「これは？」
「それに刺された者は、わしとの間に切断不可能な経路が接続される、つまりワシの持ちうるあらゆる神聖術が必中となるわけじゃ」

「整合騎士アリスのどこでも構わんからそれを刺せ。その瞬間、わしの術でアリスを深い眠りに導こう。彼女の記憶を取り戻し、シンセサイズ解除の準備を整えるまで」
「分かりました。アリスに説得が通じなかった場合はこれを使わせて頂きます」

「元は対アドミニストレータ用に生成し、一本は予備のつもりじゃったが。なに、一度で成功させれば問題はない」
「責任重大だな」

「お主らの剣は確かに強力じゃが、それだけでは整合騎士たちには勝てん。なぜなら連中には武器の性能を数倍に増幅する恐るべき技があるからじゃ」
「もしかして、武装完全支配術ですか？」
「神器級の武器は、代償となったオブジェクトの性質を濃く受け継いでおる。完全支配術は、いうなれば武器の記憶を全回復することで本来ありえない超攻撃力を実現するものじゃ」

「――よし、いいぞ。ほれ」
「ゲッ…」
「しっかり覚えておくのじゃぞ」

「ユージオ、そしてキリトよ。世界の命運はそなたらに託された。地獄の業火に包まれるか、虚無に沈むか。あるいは第3の道を見出すか。ワシはもはや告げるべき全てを告げ、与えるべき全てを与えた。あとはただ、信じる道を行けば良い」