「君の一番好きなことはなんだい？」

「歌を歌うこと！」

「僕も歌うのは好きだ。旅の途中、よく歌うんだ」

「さぁ～行こう、どこまでも～、鳥のようにどこまでも～、河を渡って、丘の向こうへ～、そこに何かが～、待っている～（音痴）」

「下手だろう？」
「うん、とっても！」

「ちっとも上手くならないんだけど歌っている間は楽しいんだ」

「あなたに花を～、あげましょう～（天使の歌声）」

「可憐な色とりどりの～、花を～、あなたが幸せでありますように～（天使の歌声）」

「あなたが笑顔でありますように～（天使の歌声）」

「上手だね！驚いたよ！今まで聞いた中で一番の歌い手さんだ」

「ありがとう」
「歌が好きなら歌手になるのはどうだい？」

「え…私は歌手にはなれないよ」
「どうして？」
「だって私のお父さんとお母さん歌手じゃないもん。仕事を継がせるために大人は子供を産むんでしょう？昔からの決まりだよ」

「そうか…お国の事情ってやつだな…」

「キノは何をしている人なの？」
「何って？」
「大人なんでしょう？」
「まぁ君よりはね」

「大人は何か仕事をしなければならないんでしょう？」

「ああ…そうだね…本当はね…」

「じゃあどんな仕事をしているの？」
「そうだな…強いて言うなら旅をしているかな」
「旅っていろいろなところに行くこと？」
「ああそうさ」
「嫌なことはある？」
「たまにはね。でも楽しいことのほうが圧倒的に多いかな」
「それじゃあ仕事じゃないよ！」

「？」

「仕事って、辛いものなんだよ。楽しくないんだよ。もしも楽しいことがあるのなら旅は仕事じゃないよ」

「そうかな…」

「だから私は明日…明後日！明後日手術を受けるんだよ！」
「なんの手術？」
「大人になるためのだよ！」
「それは一体なんのことだい？もしよかったら教えてくれないか？」
「うん」

「お前たち子供は好き勝手に行動していればいい。しかし大人には自分勝手な行動は一切許されない。なぜなら仕事をするからだ」

「でも安心しろ。お前たちが12歳になったら手術をしてやる。頭を開けて、その中の子供を取り出すんだ」

「するとお前たちは一晩で大人になれる。全員、嫌なことでもなんでもできる立派な大人になれるんだ」

「12歳の誕生日の前の一週間は最後の一週間と呼ばれているの。その間は大人からは子供に話しかけないし毎日好き勝手にしていいの」

「それと毎日特別なお菓子を一個ずつ食べられるの！」

「…なるほどね」

「でも随分と乱暴な話だな」

「ん？なんで乱暴なの？手術のおかげで誰でもちゃんとした大人になれるんだよ？」

「僕には、ちゃんとした大人って、一体何なのか分からない。嫌なことができるのがちゃんとした大人なのかな？嫌なことを永遠に続けてそれで人生楽しいんだろうか？僕にはよく分からないね」

「さっきキノは私より大人だって言ったよね？じゃあキノは大人なの？」
「いいや。君の言うところの大人では全然ないね」
「じゃあ子供？」
「いいや。君の言うところの子供でもないと思う」
「じゃあキノは一体何なの？」

「僕かい？」

「僕はキノさ。キノって名前の男。それだけかな」

「明日でお嬢さんも大人の仲間入りですよ」
「おめでとうございます」
「おめでとう！」
「子供を育て上げるのは大人の大切な仕事だ。あなた達は立派な大人と証明された」
「ありがとうございます」

「お父さん、お母さん」
「どうした？」
「遠慮せずにいらっしゃい」
「そうだ。最後の一週間なんだからお客様も許してくださる」

「明日…だよね」
「ああそうだ」

「ねぇ、私は大人になるための手術は受けたくないの。それ以外に大人になる方法ないの？今の自分のままで大人になる方法はないのかな？」

「バカ野郎！！！！！！！！」

「なんてことを言うんだ！！この罰当たりが！！！い…今までみんなが立派な大人になってきた手術をお前は馬鹿にするのか！！大人を馬鹿にするのか！！！」

「みんなに謝りなさい！謝りなさいお父さんに！！みんなに！！！国のすべての大人にごめんなさいと言いなさい！！！！そんな愚かな考えを持って申し訳ありませんでしたって！！今言ったことはすべて間違えですって！！今すぐに！！」

「え…」

「なんて愚かな…」
「あんたの育て方が間違っているんだ！」
「そうだ！」
「偉大な手術をなんだと思っているんだ！」
「申し訳ありません！！」

「本当にこの子は…！！」
「お前が馬鹿な事を言うから私たちが恥をかいてしまったではないか！！」

「あの汚い旅人だな！？お前に愚かな考えを吹き込んだのは！！！！」

「自転車に乗ったことはあるかい？」
「…あるよ」

「ここにいると、君死ぬんだよ？」
「うん。でも生き残って手術受けるよりは、死んだほうがマシ…ていうか同じ」

「ふーん。死にたいの？」
「できることなら、死にたくは、ないよ」
「じゃあ第3の選択だ」
「なにそれ」
「まず後ろのモトラドのシートに飛び乗るんだ。ハンドルを両手でしっかり握る。そして右手の握りを手前にひねりながら、体重を前にかけるのさ」

「あとは少し早くて重い自転車だと思えばいい」
「そうすると……」

「どうなるの？」

「逃げるんだよ！！！」

「あっ！！！？」

「上手いじゃん！その調子！ももでタンクを固定するともっと安定するよ！」
「そして今から言うとおりにギアを変えるんだ」
「うん！」

「わぁっ…」

「おいお前ぇ！！そこの汚い旅野郎！！」

「お前だよお前だ！お前ぇぇ！！流れ者ぉぉ！！」

「大人を馬鹿にするようなことを娘にぃ！ふっ、吹き込みやがってぇ！！！」

「お前みたいなのがいるから世の中がダメになっちまうんだぁ！！」

「責任だ！！責任を取れクソ野郎！！」

「なんですか？」
「なんですかじゃない！！謝罪しろ！！」
「謝罪？なんについてですか？」
「その辺にしておきなさい」

「はい…」
「旅の方、どんな国にも、どんな家にも、独自のしきたりというものがありましてね。分かりますかな？」
「ええ、分かります」
「この国にはこの国のしきたりがあります。それはあなたがどうこうできる問題ではない。違いますかな？」
「ま、そうですね…」

「そろそろ出発しようと思っていました。ここに居ると殺されそうなもんで」
「殺されそうとは心外ですな。あなたは正式な手続きを踏んで入国されました。門を出るまであなたの安全は保証いたします」

「ここは、大人の国ですから」

「…」
「もう行っちゃうの？」

「ひとつの国には3日だけって僕は決めているんだ。それで大体どんな国か分かるし、それ以上居るとたくさんの国を回れなくなるからね」

「なぜ包丁なんか持っているんです？」

「特別に教えてあげましょう。そこの小娘を処分するためですよ」

「…なんですって？」
「処分ですよ。そこの娘は偉大なる手術を拒否して親に逆らったのです」

「子供はいついかなる時も親の所有物です。親が子供を作ったのですから親には子供を処分する当然の権利があります」

「出来損ないが」

「ありゃあ～～っ！この人が飛び込んでくるからガキを刺すはずの包丁が刺さってしまいましたぁ！この場合、どう判断すればいいと思いますか？？」

「うん。旅の人がいきなり飛び込んできたのだからそれは致し方ないだろう。これは事故だ」

「大変不幸な事故だ」

「お主に罪はない。違うかなみんな？」
「そのようですな」
「違いない」

「や、やはりそうですかぁ！」